「歩くということ」
確かに走れば一等になれるかもしれない。
名誉やお金を得られるかもしれない。
そこから人々を見下ろせるのかもしれない。
けれども走るということは
目の前以外は何も見えない。
言葉さえも何も交わせない。
後ろで誰かが倒れても
君は知らずに走り続けるだろう。
だから僕はこう思う。
歩いてみるのはどうだろう。
急いでも人生の時間は気まぐれ。
自分の意志では決められない。
何も急ぐ必要はない。
歩けばまわりが見えてくる。
歩けば空を見上げられる。
歩けば誰かと寄り添い合える。
愛を語り合うことも出来る。
この世に生まれてきたのだから
何も見ずにひとり生きるよりは
何かに触れあい語り合えるほうが
次の世代に君は引き継げる。
寄せては返す波のように
母のおだやかな心音のように
歩く早さは”いのち”に似ている。
つまり歩くということは
この地球と生きるということだ。
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